その時の現実だけを見た時には、希望がありませんでした 운영자| 2014/03/03 |閲覧数 16,567

    先生の母は、17歳の時に珍山[ヂンサン]ギョチョン里から月明洞に嫁いできましたが、
    その時、山奥で暮らすようになったと言って、激しく泣いたそうです。
    母は畑を耕している時にも、いつも私にその話をしました。

     

    そこで先生は、「母さん。山奥に嫁いで期待が外れて、父さんが期待どおりにしてくれなかったとしても、
    僕が栄華を享受するようにしてあげますから、希望を持って生きてください!」と言いました。
    母は笑いながら、「ずいぶんと年を取ってしまったのに、いつそうしてくれるの?」と言いました。
    その時の現実だけを見た時には、希望がありませんでした。

     

    しかし先生は、ただ神様の御心どおりに行うことによって、
    ついに母が月明洞に嫁いできた甲斐があったようにしてあげられました。

     

    皆さんもそうです。
    最初、皆さんを月明洞の山奥に連れてきた時は、皆ため息をついて
    「ここにどうやって住むの? 食べ物もないし、寝る場所もないのに、どうやってここで暮らすの?」と言って、
    心の中でも表に出しても、ため息をつきました。
    未来を見ることができなくてそうしました。
    しかし世の中に出て行かないで最後まで残った人たちは、ついに御子に会い、
    理想世界を成し、天の宮で暮らすようになりました。

     

     


    2014年3月2日 主日御言葉の中から

    - Translation : 운영자

    나의 어머니는 열일곱 살 때 진산 교촌리에서 월명동으로 시집왔는데,

    그때 산골짜기에서 살게 됐다며 그렇게도 울었답니다.

    어머니는 밭을 매면서도 늘 나에게 그 이야기를 했습니다.

     

    그래서 “어머니. 산골짜기로 시집와서 기대가 어긋나고, 아버지가 기대대로 못 해 줬어도

    내가 영화롭게 해 줄 테니 희망으로 살아요!” 했습니다.

    어머니는 웃으면서 “인생 다 늙어 가는데, 언제 해 주냐?” 했습니다.

    그때 현실만 봤을 때는 희망이 없었습니다.

     

    그러나 오직 하나님의 뜻대로 행함으로

    결국 어머니가 월명동으로 시집온 보람이 있게 해 주고 말았습니다.

     

    여러분도 그러합니다.

    처음에 여러분을 월명동 산골짜기로 데려오니, 모두 한숨 쉬며

    “여기서 어떻게 살지? 먹을 것도 없고, 잘 곳도 없는데 여기서 어떻게 살지?” 하며,

    속으로 겉으로 탄식했습니다.

    앞날을 내다보지 못하니 그러했습니다.

    그러나 세상으로 나가지 않고 끝까지 남은 자들은 결국 성자를 만나고,

    이상세계를 이루고, 하늘 궁에서 살게 됐습니다. 

     

     

     

    2014년 3월 2일 주일말씀 중